量子センサが切り拓く、ナノ材料物性計測
~ダイヤモンドNVセンタによる革新的物性計測技術の確立~
Frontiers of SU Research
理工学研究科 清水 麻希



本学大学院理工学研究科の清水麻希助教が取り組むのは、ダイヤモンド結晶中に形成される「窒素空孔センタ(NVセンタ)」の性質を利用し、カーボンナノチューブなどのナノ材料の物性を高精度に測定する研究。これまで計測が難しかったナノ材料の物性が測定できれば、産業や社会に新しい価値をもたらす可能性があるという。そんな研究の意義と展望について、清水助教に聞いた。
ナノ材料を測る新しい温度計
次世代の素材として注目されるカーボンナノチューブは、軽量で強靭、優れた導電性や熱伝導性をもつことが知られており、近年人体や工場など様々なものから発せられる排熱を電気に変える特性つまり熱電特性が優れていることも近年明らかになってきた。このため、エレクトロニクスやエネルギーデバイス、さらには医療分野まで幅広い応用が期待されている。
そんなカーボンナノチューブ素材の多くは、複数のカーボンナノチューブが束になっている。そのため、熱電特性についても束の状態で様々なナノチューブの特性が混ざって計測されている。もしカーボンナノチューブ1本単位で測定できれば、この素材の本質的な物性を明らかにできる可能性があり、熱電材料として設計が可能となる。
しかし、従来の測定技術では、直径が数ナノメートルで、長さも数ミクロン程度しかないカーボンナノチューブ1本の両端の温度を測定することは困難。さらに、脆く、静電破壊が起こりやすいことも難しさを増す要因になっている。
私が取り組むのは、この課題を解消する研究だ。近年、量子技術を使うセンサとして非常に大きな注目をあつめているダイヤモンド結晶中の窒素空孔センタ(NVセンタ)を利用し、ナノサイズ領域における温度計測を可能にする技術の開発である。
ダイヤモンド結晶中に形成される窒素原子と空孔が隣接した欠陥構造である「NVセンタ」は光を照射すると蛍光を発する特性を持ち、その蛍光強度の変化を解析することで、周囲の磁場や温度を室温大気中で高精度に計測できるのだ。しかも欠陥構造であるため非常に小さい。

この特性を活かし、物性測定の新たな技術を開発するのが研究のミッションである。具体的には、NVセンタをもつナノサイズのダイヤモンド上に測定対象となるナノ材料を配置し、温度差を観測。これによりカーボンナノチューブの性質を1本単位で明らかにするのである。
カーボンナノチューブの優れた熱電効果は理論的に予測されているものの、実験的な検証は難しく十分に進んでいない。その検証を可能にする道を開くことが、使命の1つである。
産業?社会への広がりと共同研究への期待
現在、計測方法の確立に取り組んでいるが、これが簡単ではない。
なぜなら計測は、計測に使うナノサイズのダイヤモンド自体の性能、ナノダイヤモンド測定のためのマイクロ波照射方法や計測方法、温度較正手法、ナノチューブの調製方法、デバイスに電極を付ける方法、電圧の測定手法、様々な要素が絡んでおり、複合的な技術が必要となるからである。
研究を進める上で大切にしているのは、「測ることによって未知を明らかにする」という姿勢だ。材料の物性に関しては、ナノ素材に関わらず、実際に測定してみなければわからないことが多くそれが研究の面白い点だと考えている。
また、サンプルづくりを自ら行っていることも、私たちの研究室の特徴の1つ。ナノ材料は壊れやすく、静電破壊などの課題もあるが、試行錯誤を重ねることで技術が磨かれていく。困難な課題に挑戦する姿勢が、この研究を支えている。

さて、多様な種類や構造が存在するカーボンナノチューブの1本の熱電効果を正確に理解できれば、排熱から電気をとりだす発電効率の向上のために何をすればよいか理解できる。結果としてエネルギー効率の向上や新しい発電デバイスの開発に直結し、ウェアラブルデバイスなど身近な分野への応用も期待される。
研究の進展は、産業界に大きなインパクトを与えるものだが、物性計測自体がすぐに商品化に直結するとは限らない。しかし私たちは、未知の領域を測る技術を開拓し、磨き、基礎物性を明らかにすることこそが未来の産業界を支える基盤になると信じ、長期的な価値創出を重視した取り組みを続けている。
研究において特に重要なのは「材料」だ。カーボンナノチューブもダイヤモンドも、材料の質が測定精度を大きく左右する。欠陥の少ないナノダイヤモンドであればセンサ精度は向上し、カーボンナノチューブの質によって熱電特性も変わる。質の高い試料が得られれば、研究の幅は大きく広がるのである。
そこで今後は材料メーカーなどとの共同研究の実現を期待したい。もちろんカーボンナノチューブ以外のナノ材料も測定可能なので、「この材料を測りたい」と考える企業があれば、ぜひ声をかけてほしい。そこから新しい応用分野の開拓につながる可能性がある。
なお、カーボン系のナノ材料に関する研究を行う研究室は多いが、ダイヤモンドとカーボンナノチューブの両方にフォーカスしている点は、ユニークだと考えている。ナノテクノロジーと量子技術の発展に貢献する研究を行いたい。
この技術に興味を持つ企業や団体があれば、未来に向けて歩みを共にしながら、挑戦を続けていきたい。未知を測り、未来を拓く研究は、産業界――ひいては社会に新しい可能性をもたらすはずである。
